上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
--.--.-- スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011.03.24 “『ホワイトクリスマス』は学園ドラマでも青春ドラマでもない”
siro4.jpg

10asiaに掲載されたホワイトクリスマスの作家さんのインタビュー訳です。とても興味深い。
※ネタばれを多く含んでいますので、これから観る方は止めた方がいい。

パク・ヨンソン作家“『ホワイトクリスマス』は学園ドラマでも青春ドラマでもない”

~~~~~~
怪物は死んだ。そして7人の怪物が新たに生まれた。KBS<ホワイトクリスマス>は‘怪物’キム・ヨハンと闘った8日間、自ら怪物にならなければならなかった子供たちが、明かりの消える廊下を行く場面で幕を下ろした。拙い希望などない完璧な絶望、そして逆説的にこの作品は韓国ドラマ市場にまだ新しい試みが可能であることを見せてくれ、一つの希望になった。果敢なる新人達の起用、推理と心理を織り交ぜて作ったジャンルのドラマ。そして何よりも、人間の本性に対する真摯な質問が日曜の遅い夜を興味深く飾った。SBS<恋愛時代> KBS<いいかげんな興信所>等、独特なドラマを執筆したきた“犯行自体の理由よりも、その事件のバックの物語に興味をひかれるタイプ”と言うパク・ヨンソン作家から<ホワイトクリスマス>の隠されたもの物語を聞いた。
~~~~~

Q:このインタビューは<ホワイトクリスマス>放送終了の次の日に公開される。最終回ではどんな物語が繰り広げらるのか。

パクヨンソン作家(以下、作家):誰か一人が怪物になるのではない。子供たちがヨハンを殺しながら、全員が怪物になり、最後の場面で闇に飲まれる。



Q:普通このような、10代が登場し、各自のトラウマが露わになり共に恐怖に立ち向かう物語では、お互いの傷を癒し成長する方向へ流れるというのがお決まりだ。物語が終わる時には何かしらもっと良くなっていることを、期待させるように。しかしこれは一縷の希望も与えない結末ではないのか。

作家:実は<ホワイトクリスマス>は学園ドラマでも青春ドラマでもない。しかし成長といえば、これも成長だろう。子供たちが卵から出たのだから。そしてヨハンを殺したのは道徳や法という側面で越えてはいけない線を越えたというのが正しい。おそらくヨハンもその耐えられない圧力のために一線を越えたと考える。
子供たちの立場からも、このままでいたら自分達が怪物になるしかないと考えたから、あのような選択をしたが、そうしながらその線を越えてしまったのだ。

“本当に訊きたかったのは、怪物が生まれるのか、作られるのか”



Q:最初、この物語のスタートが気になる。

作家:2007年に公開された映画<花美男連続テロ事件>を書いている時だった。大きな予算の大規模映画でないので、比較的自由に出来たがその代わり、若者が主人公ということで、イメージのために‘殺人’が出たらダメだという制約があった。高校生達が多く出る内容だったが、ふと‘ここでこんなに軽い雰囲気ではなく、重い事態が起こったらどうか’という考えが浮かんだ。
そうしたなか<ハローゴースト>という日本の漫画を読んだが、皆が倒れて行く寄宿舎で、勉強ばかりしていて死に、女性と一度も付き合えなかった幽霊が出てくる内容だった。それを読んで、秀才ばかりが通う高校に幽霊が出た時、子供たちが怖がる代わりに、予想と違う反応をする物語をやってみようかと思った。
そしてその頃、誰だったかは正確に覚えてはいないが、連続殺人犯のために国中が騒々しかった。その時、ある専門家が“犯罪大国というアメリカでもこんなに大規模な連続殺人魔は十年に一度の周期で現れるのに、我が国ではこんなに深刻な連続殺人が頻繁に起こる理由はなんだろう”という質問をしていたのが印象的だった。だから、この全てを一つにまとめてみようと考えた。
だから本当に訊きたかったのは、怪物は生まれるのか、作られるのか、だった。




Q:最初タイトルが<ホワイトクリスマス>から<モンスター>に変わり、また戻った。キム・ヨハン(キム・サンギョン)という名前のために、浦沢直樹の漫画<モンスター>が思い浮かぶ人もいるが。

作家:編成が1月末に決まり<ホワイトクリスマス>というタイトルは時期にそぐわない気がして変えようと思った。私が推していたタイトルは<ライオンの待つ川辺>だったが、それはとても形而上学的だと(笑)助監督の提案した<怪物>を英語にしたのが<モンスター>だった。しかし放送局から強烈すぎるということで、結局<ホワイトクリスマス>に戻った。ヨハンという名前は洗礼者ヨハンからとったものだ。
映画<百夜行>でもヨハン(コス)という名前を使い、これから自分の作品内の殺人者キャラクターは皆、ヨハンにしようと思った。ヨハンという名前を通して、その人が幼い頃宗教的で、道徳的な環境で育ったという背景を暗示することが出来る、という点が気に入った。




Q:16部で完成していた台本を、紆余曲折の果て8部に減らさねばならなかった。一番大きく変わったことは何か。

作家:呼吸とリズム感がなくなった。一時間で消化しなければならないシーケンスが4、5個だとすれば、それを適当に配置して畳みかけるところは畳みかけ、緩めていきながら、感情の余波を見せなくてはならないのに、回ごとにシーケンス7、8個を入れなければならず、そう出来なかった。
実はストーリー自体はそれほど抜かれてはいない。16部だったら子供たちの過去の回想を見ることが出来たのかと訊いたが、私はどのみち過去が回想で出れば明らかだと(?)知っていたために、それを使いたくはなかった。代わりにその過去を持つ子が現在どういう顔をしているかを多様に見せるため、一つの葛藤があれば、それを一度見せておいて、少し違う感じで二度目に見せたかったが、一度しか見せる時間がなかったので‘この子はこういう状況、こういう葛藤’と念を押さなければならなかったのが残念だ。



Q:以前ジャンル物を見る趣向について尋ねた時、日本探偵漫画、<クローズ>をはじめとする高橋ヒロシの学園漫画や、<スラムダンク>、などについて話したことがある。そんな面から<ホワイトクリスマス>は作家の趣向の結晶体だという感じがする。

作家:<いいかげんな興信所>が<オズの魔法使い>を多く参考にしたドラマだったなら、<ホワイトクリスマス>を書きながら、読みなおしたのは<蝿の王>と<15少年漂流記>だった。物語を似せるのではなく、雰囲気自体がそうだった。極限に追い込まれていくスリラー、子供達の間の友情と嫉妬がある、学園物という面で明らかに私好みだった。
誰も応援しない、人々が‘これは駄目なんじゃない?’と思いつつ、私の前では言えない話を2年をかけて、一人で書くのは、とても苦しい作業であったけれど、最後までできたということは、私の好きな物語だったようだ。これからこんなエネルギーをまた出すのは辛いと思う。



Q:もしや、自分の趣向をまとめたこの物語がマイナーではないかという憂慮はなかったか。

作家:<いいかげんな興信所>の時もそうだったが、私は本心で人々がこの物語を面白いと思うと考えていた(笑)今はなぜ先にそういう憂慮ができなかったのかと思うが、この物語はドラマとしてマイナーなようだ。本や、映画なら逆によかったかとも思う。ドラマという媒体が持っている属性上、2ヶ月の間いつも1時間ずっと集中するというのは簡単ではないのに、あまりに難しい話ではないかと思った。



Q:それならば小説として再構成する計画はないか。

作家:出版社から連絡はない(笑)実は最初の計画では今よりももっと難しい構成だった。8日間が過ぎた後、この事件についてまったく知らない人が事件現場と向きあう場面を毎回のイントロにくっつけて、本編の物語に糸口を与え、一つずつ遭遇していくやり方だったが、皆に難しすぎると言われて省いた。しかし小説ならそんなふうに視点を活用したトリックを書くこともできそうだ。



“高校生達のエネルギーと葛藤が、最も面白く、セクシーだ”



Q:各登場人物ごとに詳細なヒストリーを作っておけば、台詞一言ももっと豊かになるという理由で、キャラクターの前史へ力を入れることは知っている。<ホワイトクリスマス>では、誰の前史が特に意味があるか。

作家:ヨハンがなぜ怪物になったのかということが気になる人が多いが、ヨハンは幼い頃、母親が自殺したというトラウマが最初の覚醒だった。洗濯物を干した後に、風呂場で手首を切り、ヨハンは無意識的に母親が死んだのを知ったが、恐怖のために入って確認することができなかった。
ヨハンが熱にうなされた時に言った台詞がその時の記憶だ。
ヨハンの母親が自殺した理由は元々とても繊細な魂を持った人だったのが、近所の人たちが自分について悪意的でぶしつけに膨らませた噂に、大きな傷を負ったせいだ。結局楽しみでも嫉妬でも、憧れでも人々が一口ずつ噛みついてヨハンの母親を殺したのだ。だからヨハンは幼い頃から人間性について懐疑心を持って生きてきた人であり、他人の感情に共感できないサイコパスではないと考える。
そんな面でヨハンに最も似た内面を持つのはパク・ムヨル(ペク・ソンヒョン)である。人の痛みや苦しみに対してとても敏感に反応し、責任感さえ持つ子だから。
チェ・チフンもやはりサイコパスではない。アスペルガー症候群を抱えており、感情線自体が不足しているだけだ。



Q:ヤン・ガンモ(グァク・ジョンウク)を他でもない聴覚障害のある人物に設定した理由は?

作家:視覚障害や、他の深刻な身体的障害がある場合、他の子達と隔たりすぎるが、ヤン・ガンモは補聴器さえ着けていれば他の子供たちと同じで、それを外してしまった時は聞こえない、という極端な状況に置かれるというのが重要だった。
そして実は私の甥が補聴器をつけて生活しているために、傍で見てきたということがある。言ってみれば、ヤン・ガンモの幼稚園の頃のカウベルを鳴らすシーケンスは、私が実際に見た状況から出た。
私の甥はとても愛されて育ち、すごく明るい性格だが、自分が他の子達とは違うということを無意識中に分かっているのか、その日は子供も母親も緊張しているのを感じた。だから‘ライオンが待つ川辺’編でヤン・ガンモが挫折するシーンを書きながら‘私は悪魔だ。うちの甥っ子みたいな子をこんなふうにしてしまうなんて…’と、自責の念を覚えた(笑)



Q:ヨハンはもちろん、学生達の台詞が普通の高校生達の実際の言葉使いとは、かなり違う文語体だ。どんな意図だったのか。

作家:まずこの子たちがとても知的な人物であるということを、お見せしたかったし、日常ドラマではないと感じさせるためにそうした。私のドラマは、導線や物語自体の感じも若干演劇のようだが、そんな雰囲気を生かすため選択した。
そして本当に悪態は使いたくなかった。その中でも一番ろくでなしキャラクターであるチョ・ヨンジェにさえ、悪態はつかせなかった。



Q:1部~4部までは推理ドラマに近く、連続殺人犯と閉じ込められた学生達という構図がはっきりする5部からは、心理劇に近い雰囲気に変わった。二つのジャンルを異種交配させることについての、悩みはなんだったか。

作家:そうするしかなかったのは、実は16回(分)を作るためのやり方のようなものだ。最初から10話か12話だったら他の選択をしたかもしれないが、16回やらなくてはいけないから、物語を2部に分けようと考えた。だから8話までは誰が手紙を送ったのかということに対する子供たちの推理、それ以降はヨハンと子供たちのゲーム、だった。
しかし皆が前半部分の進行が遅く、難しすぎると言った。ユンス(イ・スヒョク)が主軸になるサブプロットを全部カットしたので、余計にそうなった面もあるが、自分が選択したことだから、言いわけはできない。




Q:少年性への関心が多いようだ。<ホワイトクリスマス>の子供たちはもちろん、<恋愛時代>のドンチャン(カン・ウソン)や<いいかげんな興信所>の主人公達も体は大人だが、精神的には成長していない感じがあった。どんな面にひかれるのか。

作家:新人俳優をキャスティングする時の理由とも似ているかもしれない。これが正しいか、あれが正しいか悩み、絶え間なく揺れる心が少年の属性だとすれば、それが一番面白みがあるから、のようだ。
自分の感情に対して自分も知らずのうちに揺れ、こうだと思っていたのに違う。自分がこうだと思い最善を尽くしたが、そうではなかった時、素の顔から露見する挫折、喜び、憧憬がいつも面白い。自分自身に対しても、相手に対しても不器用なせいだが、だから私は高校生達が持つ、パワーとエネルギーと葛藤が面白く、セクシーだと感じる。



“チェ・チフンのキャラクターでロマンチックコメディをやったら面白そうだ”



Q:20字程度で整理できる明快な話しが好きだと言ったことがある。<ホワイトクリスマス>をそのように整理するなら、なんと言えるか。

作家:怪物は生まれるのか作られるのか、についての実験。長い間の質問(疑問)。




Q:その主題に対する自分なりの結論は出たと考えるか。

作家:悪がなぜ生まれるかというと、私は伝染するものだと考える。悪に関する因子は誰でも持っている。風邪に罹りやすい人がいれば、罹りにくい人がいるように、外部から病原体入ってきた時、抗体がある人なら勝てるだろう。けれど続けて病原体が入ってくれば、どれほど健康な抗体があるといっても、悪になると思う。
しかし我が国でこうして短い期間に巨大な悪が続けて現れるのは、社会全体が伝染しているからではないかと考えた。誰かと葛藤が生じた時、それを直接言うことができずに、悪意や殺意を沸々とたぎらせるしかないシステム自体が既に出来ているようだ。




Q:悪が悪いと教えるのではなく、負けるのが悪いことだと教える社会のせいで、悪が育つのが容易いようだと思う。

作家:そのため両親の役割が重要と考える。FBI捜査官が書いた<心の狩人>という本ついて誰かが‘全国の母親達が読んでくれればいいと思う。あなたの子供を連続殺人犯に育てないために読むべきだ’と言っていたが、それに100%同感だ。親たちは子供を医者や弁護士にするのも重要だが、自分の子が幸せに成長し、他人に害を及ぼすことがないように、沢山抱きしめて公正に接してやり、他の子供たちとどんな関係を結ぶのが良いのかについて教えるべきだと考える。
そんな面において、子供が判断できない状況作ってしまったチョ・ヨンジェの母親が一番悪い母親のようだ。




Q:結局、この物語は終わった後、7名の子供達はどう生きていくのか。

作家:心の中に闇が生まれたでしょう。しかしそれほど大きくは変わらないはずだと考える。おそらく一番変わったのはチョ・ヨンジェ。一番変化が少ないのがチェ・チフンだ。




Q:決して希望的な結末ではなかった。それでも、その全てが必ずしも悪いばかりではないだろうと言われたら、それは何だと言えるか。

作家:自分について考えたり、振り返ったりする余力もなかった子供達が自分と他人について省みるようになった、という点だ。
言ってみれば、ヨンジェに“あんたは私にとってただ永遠にチョ・ヨンビョン(伝染病)よ。それがあんたと私の悲劇だ”と言ったウンソンが、これから誰かに対してそんなやり方で残忍なことを言うことはないだろう。




Q:長い間大きな愛情を注いだ作品が終わった。次に書きたい作品はどんなものか。

作家:昨年の夏ごろから考えておいた話が一つある。
タイトルは野球用語から“ストライクアウト ノックアウト”としたいが、簡単に表現すれば<乱暴なロマンス>だ。このドラマを通して究極的にしたい話は、大人達は夢を持っていなければならず、夢がなければ誰も幸せに生きられない、ということだ。
ロマンティックコメディーでありながら、アクションメロみたいな物をやってみたい。ミステリーが少し入るが、本当に少しだ。今回はかなり大衆的にやるつもりだ(笑)




Q:もし<ホワイトクリスマス>のキャラクターの中で一人を使って、スピンオフを書くならどうか。

作家:チェ・チフンのキャラクターでロマンティックコメディをやったら面白そうだ。
お祖母さん、お祖父さん、お母さん、お父さん、妹達は平凡で仲よく暮らす家なのに、チェ・チフンはその家族の中でとても異質な存在で、しかし家族達は彼をそのまま愛して育てた。だから天才に生まれ自分について来られない人々に対する配慮や関心はなく、どの群れにも属さずに生きながら、それを特別深刻に感じられずに育ってきた彼が、誰かと恋に落ちる話だったら面白いのではないか。




元記事→こちら




siro3.jpg

~~~~~~~~~~~~~

2年かけて書いたものだったんですね。やはりそれくらい作り込む時間がないと、こんなドラマはできないんだろーな、と思います。見ていて一度も失望しなかったもん。既に今年のベストです。
それにしても、チフンの恋愛物語!見たいなぁ…
Secret

TrackBackURL
→http://makaron0519.blog112.fc2.com/tb.php/1065-ee61ee4f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。